第5回定例研究会

       

 

海南島近代史研究会第5回定例研究会を開きました。

 2007年8月5日に創立された海南島近現代史研究会は、「毎年夏の総会時の定例研究会とともに、毎年冬に定例研究会を開催します」という規約にしたがって、2008年2月10日に最初の定例研究会を開催し、同年8月3日の第2回総会時に第2回定例研究会を併催し、2009年2月8日に第3回定例研究会を開催し、同年8月9日の第3回総会時に第4回定例研究会を併催しました。
 2010年2月14日、冬の定例研究会を開催しました。
 ご参加どうもありがとうございました。
  2月14日集会案内はこちら
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 2月14日、大阪で定例研究会を開催しました。
今年は3月に紀州鉱山の追悼集会を控えてその準備作業に追われていたので開催が危ぶまれていましたが、紀州鉱山の朝鮮人労働者の強制労働が海南島の石原産業によるアジア民衆の強制労働とつながっていることを明らかにする意味でも、この研究会を開催しなければならないという決意をこめて開きました。
また、昨年2月におこなわれた第3回定例研究会は、日本軍の海南島軍事占領の70年後に当たり、その歴史的な意味を明らかにするという主旨で開かれたものですが、その主旨を継続して問い続けるという意味でもその1年後に開かれた今回の研究会は意義深いものであったといえます。

 まず蒲豊彦さんが「三竈島から海南島へ」と題して、日本軍が海南島の軍事占領に先立って香港に近い三竈島(三★(火へんに土)島)を占領し、ここから大陸の主要都市に爆撃をおこなう航空基地として島が利用されたこと、日本占領下で島の住民が殺害され、あるいは餓死し、また労働者の強制連行と合わせて1万人の犠牲者を出したこと、沖縄からこの三竈島に農業移民が送りだされたこと、などについて、多くの映像を示しながら報告しました。
 次いでキム・チョンミさんが「海南島での同人会」と題して、「アジアに医学を普及し、人民の健康を保護する」という名目で1902年に組織された同人会が、軍事占領とともに海南島に侵入し、「慰安婦」の健康診断や「防疫事業」をおこなったこと、また朝鮮人の捕虜を生体解剖したという証言があることについて報告しました。
 報告の三番目は、竹本昇さんが「1939年2月、マスメディアは海南島侵略をいかに報道したか」と題するシリーズ三回目の報告をしました。今回は、日本軍の海南島奇襲攻撃に同行した新聞記者の報告と当時の『台湾日日新報』の記事の紹介をおこない、日本のマスメディアも日本占領下の台湾のマスメディアも日本軍の「奇襲上陸の成功」を賛美し、島の住民も日本軍を「好意的に」迎えたなど報道していることを報告しました。

 休憩をはさんで、チェ・ムンジャさんから第5回定例研究に寄せられた海南省民族学会・海南民間抗戦研究会準備会の沈志成さん・海南大学の金山さん(海南島近現代史研究会会員)からのメッセージが紹介されました。
続いて報告の四番目として、鐘翠雅さんから「曹靖『回顧長仙聯村“三・一”血泪史』を読んで」と題する報告がおこなわれ、農歴1945年3月1日にいまの海南島瓊海九曲郷長仙村など9カ村での日本軍による村民大虐殺について、犠牲者のひとりである曹靖さんが自力で調査した報告書を紹介し、この報告書は政府に依存しない民間人の努力によって被害の体験を記録した貴重な歴史書であると評価しました。
 報告の四番目は、斉藤が「海南島におけるY作戦と村民虐殺」と題して、『海南警備府戦時日誌』を手掛かりにして、日本軍の「Y作戦」と村民虐殺との関連について報告しました。日本軍は抗日闘争を圧殺することができず、また現地で敵の武器や食料を略奪して戦争を継続するほかなかったために、住民の襲撃、無差別の殺戮、女性への性暴力を軍事作戦の逸脱行為として偶発的に行ったのではなくむしろ正規の軍事作戦として行使したことを明らかにしました。

 報告の最後では、佐藤正人さんが、「アジア太平洋戦争開始前後の海南島侵略日本海軍の「Y5作戦」」と題して、日本政府と日本軍がアジア太平洋戦争の根拠地の「治安」を確保するために住民虐殺をくりかえしたこと、密林で毒ガス兵器を使用した可能性があること、「Y6作戦」の時期の「ミッドウェー海戦」後にも天皇制国家日本が戦争を続行したために、アジア太平洋の民衆にはかりしれない犠牲をさらに強いることになったこと、などを明らかにしました。

 各報告後に簡単な質疑・討論が行われましたが、さらに、全報告後に、参加者全員が海南島近現代史を含む日本の歴史研究と歴史教育などについて意見を述べました。
その後、「朝鮮村」の現状について報告が行われ、最後に、今年夏の第4回海南島近現代史研究会総会を、海南島で海南省民族学会と共催の「海南島近現代における歴史と民族」と題する研究集会として開催する準備が進められているという報告がなされました。

参加者は多くはなかったけれど、現代史研究の民衆的な方法を具体的に示す多くの報告と活発な議論によって充実した研究会になりました。
  (報告 斉藤 日出治)
   
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