2010年8月22日(日)
海南島近現代史研究会 第4回総会・第6回定例研究会 を開きました。
ご参加どうもありがとうございました。

       

 

 

2010年8月22日(日)
海南島近現代史研究会 第4回総会・第6回定例研究会 を開きました。
ご参加参どうもありがとうございました。

  にちじ:2010年8月22日(日)13時〜17時半(開場12時)
ところ:大阪人権博物館(リバティおおさか)
参加費:500円(会員は無料です)

地図はこちら

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主題:「朝鮮報国隊」の真相糾明
■証言1 アボヂは海南島から戻らなかった       ハングァンス(韓光洙)
    韓g錫さんは、1943年ころ「朝鮮報国隊」に入れられ海南島に連行され、1944年2月に、海南島南東部の陵水で亡くなりました。妻の李康姫さんが受けとった箱には、小さな骨が入っていたそうです。韓g錫さんの息子さんの韓光洙さんから、話を聞かせてもらいます。

■証言2 アボヂの魂を自由にするたたかい       イヒジャ(李煕子)
「ヤスクニ」に「合祀」されている朝鮮人の魂をとりもどす闘いを続けている李煕子さんのアボヂ李思Rさんは、1944年2月15日、日本軍に入れられ、中国広西省柳江県で銃撃を受け1945年6月に亡くなりました。李煕子さんがそのことを知ったのは1997年でした。

■報告 「朝鮮報国隊」と朝鮮自営隊について      キム チョンミ(金静美)
日本海軍の要請と日本政府の閣議決定に基づいて、朝鮮総督府は、朝鮮各地刑務所の獄中者を選び「朝鮮報国隊」を組織し、1943年春から、2000人を海南島に送り出しました。そのほとんどが、海南島で命を失わされました。
日本敗戦後、日本軍に入れられ海南島にいた朝鮮人は、朝鮮自営隊を結成しました。

【研究報告T】 1939年2月、マスメディアは海南島侵略をいかに報道したか 5   竹本昇

【研究報告U】 海南島の「Y作戦」と住民虐殺 日本のアジア侵略の構図      斉藤日出治

【研究報告V】 「海南島第十六警備隊能美事件」と「朝鮮村虐殺」について      佐藤正人
「朝鮮村虐殺」をおこなった海南警備府第十六警備隊(司令官:能美実)が、その犯罪の責任を追究されることはありませんでしたが、能美実は、アメリカ合州国軍捕虜殺害事件では、横浜裁判で終身刑を宣告されました。

■2010年5月の海南島「現地調査」報告 梅種村、美桃村、海尾村、保平村、傳桂村、玉仙村で
■海南省民族学会、海南民間抗戦研究会準備会との共同研究・共同調査について
   
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